瀧瀬 尚純
寒山寺住職・長岡禅塾評議員
私は約三〇年前、臨済宗妙心寺派を母体とする花園大学に入学した。そして、大学入学と同時に、師匠である父の勧めにより、全国から寺院の子弟が集う全寮制の「花園禅塾」に入寮することとなったのである。昼間は大学へ講義に出向き、朝晩は塾内において坐禅や朝課・塾頭老師の講話を受けるなどをしていた。
禅塾と大学の両立という慣れない日々に悪戦苦闘する中、ある時、サークルの募集などが貼り付けられた大学の掲示板に、塾生募集ポスターが目にとまった。「寮費不要、経歴不問、面接随時」といったことのみが書かれたシンプルながらも力強いメッセージが込められたポスターであった気がする。呑気な私は、自分のいる禅塾がそのようにして人を集めているのかと思いこんでいて、禅塾の先輩にポスターのことを尋ねると、「お前、長岡禅塾を知らないのか」と呆れた口調で返されてしまったことがあった。
前段が長くなったがタイトルに有るもう一つの禅塾とは、「長岡禅塾」のことである。当時、花園大学界隈では、長岡禅塾は、老師が常駐されておられることや僧堂の規矩に準ずる生活送っていることは花園禅塾と変わらないものの、京都近在の大学生や社会人が花園とは比べ物にならない厳格な修行生活や日常底を送っているということで有名であった。件の先輩には「花園の生活でも音を上げかけているお前には長岡の生活は絶対務まらんぞ」などと冷やかされたことも、今となっては良い思い出とは言い過ぎか。
また、敢えて恥ずかしい告白をすると、私が住職するお寺の総代家が、禅塾創設の祖であることや、理事長を代々務めておられることを知ったのも大学入学後である。お盆の棚経で父に随行して総代家の御宅にお邪魔すると、長岡禅塾の歴代老師方のお話や総代家の皆様が摂心に参加された様子などを聞かせていただくことも多く、自分が生まれながらに持っていた禅塾との不思議な御縁に感謝するのは勿論のこと、その厳格な家風を護持する皆様へ敬意と尊崇の念を益々強く抱くようになった。
そして評議員を拝命し、禅塾に初めてお邪魔した際、足を踏み入れるや眼前に広がる古風整然たる寮舎と作務の行き届いた庭園に、居住まいを自然と正したことも記憶に新しい。まさしく私は大学生のときから今日に至るまで長岡禅塾を仰ぎ見続けている。
