※ 本催事は、早朝からの開催のため主に近隣地域にお住まいの方を対象とした催事となりますが、ご参加いただける方はどなたでもお気軽にお申込みください。。
暁天の座のすすめ
まだ世の中が静まり返り、鳥の声もまばらなこの暁のひととき。古くから修行の道においては、ときに、坐るご縁を頂く事を「暁天の座」と呼び、大切にしてきました。
暁、すなわち夜が明けきらぬ頃。空はほのかに白みはじめ、しかし未だ昼の喧騒は訪れておりません。このひとときは、一日のうちでもっとも清らかで、また人の心も静まりやすい時間です。
これは、ただ早く起きるということではありません。人の心がまだ何ものにも染まらぬ、その一瞬に身を置くということです。
私たちは日々、さまざまな思いに追われて生きています。 「あれが気になる、これが足りない、人からどう見られているか?」 そうした思いが積み重なり、知らず知らずのうちに、心は濁り迷うのです。
しかし、この暁の座に坐りますと、そのような思いがまだ動き出していない自分に出会うことができます。
禅では、しばしば「本来の面目(ほんらいのめんもく)」という言葉を用います。生まれる以前の、作られる以前の、そのままの自己の姿のことです。暁天の座とは、まさにこの「本来の面目」に出会える場であると言えるのではないでしょうか。
夜の闇が徐々に薄れ、やがて朝日が差してくるように、私たちの心の中にもまた、明るい光が訪れる瞬間があります。それは何か特別なことを成し遂げた時ではなく、むしろ、何も加えず、何も求めず、ただ静かに坐っているときにこそ、ふと現れてくるものです。
「朝に坐す者は、その日一日を失わず」と、一日のはじまりに、心を整える。自分を整えるのではなく、すでに整っている自己に気づく。そこにこそ意味があります。
暁の空は、誰のものでもありません。また、そこに吹く風も、自然は分け隔てなくすべてを包みます。その中に坐るとき、私たちはようやく、余計なものを捨てる、只の一人の人間として、自分自身に立ち還ることができます。
この場にあって、今ここで感じた静けさを、その後の日常のどこかに持ち続けていただければと思います。
開催概要
- 日程:
2026年8月1日(土)~8月7日(金) / 各日 早朝 5:00 ~ 7:30
※ 1日単位でのご参加が可能です。 - プログラム:
5:00〜 坐禅
6:00〜 粥座(朝食)
6:30~7:30 作務(境内清掃) - 会場:長岡禅塾(京都府長岡京市天神2丁目16-1)
「阪急長岡天神駅」より徒歩約10分 / 「JR長岡京駅」より徒歩約15分 - 対象:どなたでも(座禅が初めての方も歓迎いたします)
- 参加費:1,000円(大学生・大学院生は無料 *社会人学生は対象外)
- 持ち物:動きやすい服装(足を組めるゆったりしたズボン等)
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