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【禅心禅話】第七話「南嶽磨塼(なんがくません)」

長岡禅塾の平塚塾長による連載コラム「禅心禅話(ぜんしん ぜんわ)」。

多くの方に禅の教えに親しんでいただくために、長年の修行と実践から得た禅のこころを、古典や禅語を交えつつ現代の言葉で綴ります。

日々の中で心を静めるひとときにお読みください。

今回の公案

「坐禅したとて、どうして仏になれようか。」

『葛藤集』 第139則より

平塚塾長

仏教を開いたシャカムニ仏の法は、マカカショウ(大迦葉)、アーナンダ(阿難)と順次継がれて、28代目のボーディ・ダルマ(菩提達磨)によって中国にもたらされました。このダルマという人は面壁九年といって、中国に来てからもひたすら坐禅するばかりで、一向に説法しませんでした。

そうした坐禅そのものを仏法の真髄とするダルマの教えは、中国僧・慧可によって初めて継承されました。禅宗の成立です。よって禅宗では初祖達磨、二祖慧可という数え方をして六祖慧能まで、ナンバーを付けて第何祖といいます。しかし六祖以降は急速に禅が広まり、必然的に祖師方が増えたために、ナンバーを付けることはありません。

その六祖慧能の法を継いだ祖師のひとりに、南嶽懐譲(なんがくえじょう)がいて、南嶽の法は馬祖道一(ばそどういつ)が継ぎました。今回はその南嶽と馬祖の師弟の問答ですが、「坐禅をしても仏になれない」という南嶽の言葉、達磨大師が聞いたらビックリするような話です。

南嶽禅師が般若寺に住した頃(唐の玄宗皇帝期)、近所の小庵に馬祖という修行僧がいて、寝食を忘れて坐禅に打ちこんでいました。そんな様子を見て南嶽が尋ねました、「お前さん、そんなに坐禅ばかりして、どうしようというのだ」。 馬祖は、「仏になることを目指して坐禅しております」と答えました。

すると南嶽は道端の塼(敷き瓦のこと)を拾って、しきりに磨き始めました。馬祖は不審に思って、「瓦を磨いて、どうするのですか」と訊きました。 「瓦を磨いて鏡にするのだ」と南嶽。 馬祖はあきれて言いました、「瓦をいくら磨いても鏡なんかになりませんよ」。 南嶽は言いました、「坐禅したとて、どうして仏になれようか」

さて、困ったものです。坐禅して仏になれない、悟れないとすると、禅宗が成り立ちません。いったいどういうつもりで、南嶽は馬祖に釘を刺したのでしょうか。

坐禅ばかりして、坐禅に捉われ縛られていては、それは死に禅であって仏と無縁です。また、仏を目指して、有り難い仏の姿に近づこうとしても、仏は無相で、もとより姿かたちなどありません。南嶽はそこを、「坐禅を修するとは、ただ坐を組むだけの真似事ではないし、坐仏を修するといっても、仏に決まった形などない」と言っております。

要するに、自己の外に、「仏」という立派な目標を立てて、そこに向かって坐禅求道するのは、とんでもない勘違いであって、白隠坐禅和讃(抄)の、「衆生本来仏なり、直に自性を証すれば、この身即ち仏なり」が坐禅の本道なのです。自己の外に仏を求めるのは、瓦を磨いて鏡を求めるようなものです。

仏というのは、完全無欠な超人のことではありません。自己の内に、生まれながらに備わった絶対自由の本性のことです。それを「仏性」といいますが、坐禅はこの自己の仏性を修することにほかなりません。

そのことがどんなに信じられなくとも、その「大疑団」とひとつになって、日常の暮らしの尊厳を見つめ、もはや疑いようのない「信」を見出してゆくのです。

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